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March 20 現在抱える 待ち についてピアニア さんぽー
124 腹 課題曲い
モロコ インド
リミックス待ちの曲が多数!!
早く時間よおいでませ!自ら作り出す計画性!!
アイデア
リバーブペダル+UD で宇宙サウンド再現!!現場主義!!
あと忠告
アレンジ その他 集中して一気にやりきる
ことなしにはズルズルといく!矢橋!!
February 19 ;2008ねんやること!! まず就職決めると。はやめに。 日本ゲストハウス、シャロムヒュッテ、あとmixiころがりのいくつか エコビレッジめぐり インドとかにも確かあった気がする (キブツ、neve shalomボランティア) 海外旅 あと一曲キーなるウタ入りの曲が欲しい!→編集作業2ヶ月くらいかな→CD作る 今年は写真をちゃんと撮りたいね。コンパクトカメラきぼん 勉強したいこと(通貨論、地域的発想、宇宙エコロジー的雑学)はしとく。 October 05 深夜帯に自分の曲、スタジオ録音を聴いていると浮かんでくる雑念何かしら曲なりを作るとその瞬間、確実にいいものが出来た!と思う。 もちろん自分がぐっと来るところしかつまんでないので自分的には間違いは無い。 でもその段階ではやっぱり自己満。 出来た!というよりは出来る!で止まっている。 止まってしまう。 最近(多分ここ数年)の悩みはずばりこれでした。 でも創作活動にはつきものの悩みだと思う。 テーマの到来までは直感と当てはめの単純な作業。 それを作品に昇華していくのには本当に色々な要素が必要になる。 今の自分はそこの9割がたのつらーい作業をさぼっているのだ。 ただそれだけだということにも一方気がつく。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 曲造りには足し算とか引き算とか考えたりする。 音を足そうかとか抜こうかとか。 一方バンドでの演奏にはそういう事よりもっと刹那的な感覚を大事にする。 (曲造りで言う) 足し算はレイヤーの下から何かが浮かんでくるような感じをその音が鳴っている時間帯から引っ張りだす事。 引き算の方は引いたからこそ現レイヤーが力を帯びてくるような、盆栽オア写真的感覚の賜物。 (バンドサウンドでは) バンドの時はそういう要素がもっと直感的でビビットに現れる。(ないとこまる) だからキレとかがすごい大事。フレーズもさることながら。 刹那的な感覚の積み重ねで一曲という時間を過ごすのがこのスタイル。 つまるところこの二つのスタンスはこういうことだ 上のほうの考え方で作って行く音楽は自分の中では絵描き的作業。 バンドははっきり言ってスポウツであります。 なんか話がそれているけど、自分は絵も描けないしスポーツも芳しくない。 でも同じ感覚を音楽という一つのメディアを通して得ているのだ。 まじめに考えると、ただギターを弾くとかパソコンに向かうとかいうことでも 自分は絵描きなんだとか、スポルツメンなのだとか思えるすばらしさ。 ハラショー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 自分はプロモーションヴィデオというものが嫌いです。 ヴィジュアルというのはものすごいインパクトを持っている。 アルバムや何かのジャケット。これは中の音楽の色彩を決めてしまう(ことが多いと思う) 曲が良くてもジャケットがださいと死ぬほど口惜しい気持ちになる。 写真とか絵ならまだいい。ある程度の情報までしか音に付加しないから。 けど、動画で丸々見ちゃうともう音楽は死んでしまったんじゃないかという気分になる。 音は視覚的イメージを本来廃しているし、だからこそ奥深くまで観る(聴く、感じる等)ことができる。 それなのに音の時間軸に合わせてそのイメージを視覚的にまんま表現されてしまったら、音から来る視覚的イメージの出る幕が無い。 これが無いような音楽は気合い一発ノリ一発でよろしくなってしまう。 だから音楽とヴィデオが一緒になったやつは好まず。 でもこんなに豪語するのも悲しい。 いつか音と映像が相乗効果を産み出しているような作品に出会いたい。 とは思う。 だからこそそういう感覚(音と動的映像)を自分のなかで育てて行く作業を日常的に進めたい。 自分で作れたら一番楽しいはずだもんね。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー |
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